2009.07.25 (Sat)
自然の理に従う
ハイ、またもや松下幸之助さんの本からです。
人生は昔からよく航海にたとえられます。
果てしなく広く、刻々に変化する大海原を、
目的地を目指してひたすらに進む。
その過程には、平穏で波静か、快適な日々もあれば、
風で荒れ狂う大波に木の葉のごとくに翻弄される日々もある。
ときには方向を見失い、さらには難破して漂流する場合も生じます。
そうした姿は、確かにお互いの人生にも相通じているようです。
大洋での航海には大きな自然の力が常に働いています。
風が吹けば波が立ち、波が立てば船は揺れます。
この自然の理法に背かずに従うということが極めて大切です。
もし波があるにもかかわらずまったく揺れないうに保とうとするならば、
そこには非常な無理が生じてたいへんに危険です。
というより、そうした自然の理に反するようなことはできることではありません。
前置きが長いですが、人生の中で自然の理に従うというのは
とりたててむずかしいことではなく、
雨が降れば傘をさす、そうすればぬれないですむ、
というような、いわば万人の常識、ごく平凡なことだと思います。
たとえば、病気で熱が出れば無理をせずしばらく休業する。
何かでお世話になった人には丁寧にお礼を言う。
商売でいえば、よい品物を作って、適正な値段で売り、
打った代金は確実に回収する。あるいは売れないときは
無理に売ろうとせず一休みし、また売れるようになれば懸命に作る。
子のようなごく当たり前のことが人生航路における自然の理法で、
これらを着実に実践できるならば、体も健康体になるでしょうし、
人間関係も、商売もうまくいくのではないでしょうか。
そう書いていらっしゃるのですが、ほんとにごもっともです。
私たちはこれを忘れて、何かにとらわれて
壁にぶつかるということが多いようです。
何度も出てくる、何事にもとらわれない素直な心で、
何が自然の理にかなうことなのかを見極めつつ行動し、
困難にぶつかった時に考えてみると
おのずから道が開けてくるような気がします。
最近の私は、難しい問題も「自然の流れにまかせよう」と(笑)
決して楽観的にテキトーにしているわけじゃありませんよ。
ただ目の前にあることには全力で行動です
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人生は昔からよく航海にたとえられます。
果てしなく広く、刻々に変化する大海原を、
目的地を目指してひたすらに進む。
その過程には、平穏で波静か、快適な日々もあれば、
風で荒れ狂う大波に木の葉のごとくに翻弄される日々もある。
ときには方向を見失い、さらには難破して漂流する場合も生じます。
そうした姿は、確かにお互いの人生にも相通じているようです。
大洋での航海には大きな自然の力が常に働いています。
風が吹けば波が立ち、波が立てば船は揺れます。
この自然の理法に背かずに従うということが極めて大切です。
もし波があるにもかかわらずまったく揺れないうに保とうとするならば、
そこには非常な無理が生じてたいへんに危険です。
というより、そうした自然の理に反するようなことはできることではありません。
前置きが長いですが、人生の中で自然の理に従うというのは
とりたててむずかしいことではなく、
雨が降れば傘をさす、そうすればぬれないですむ、
というような、いわば万人の常識、ごく平凡なことだと思います。
たとえば、病気で熱が出れば無理をせずしばらく休業する。
何かでお世話になった人には丁寧にお礼を言う。
商売でいえば、よい品物を作って、適正な値段で売り、
打った代金は確実に回収する。あるいは売れないときは
無理に売ろうとせず一休みし、また売れるようになれば懸命に作る。
子のようなごく当たり前のことが人生航路における自然の理法で、
これらを着実に実践できるならば、体も健康体になるでしょうし、
人間関係も、商売もうまくいくのではないでしょうか。
そう書いていらっしゃるのですが、ほんとにごもっともです。
私たちはこれを忘れて、何かにとらわれて
壁にぶつかるということが多いようです。
何度も出てくる、何事にもとらわれない素直な心で、
何が自然の理にかなうことなのかを見極めつつ行動し、
困難にぶつかった時に考えてみると
おのずから道が開けてくるような気がします。
最近の私は、難しい問題も「自然の流れにまかせよう」と(笑)
決して楽観的にテキトーにしているわけじゃありませんよ。
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